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Natural Software

KinectなどのDepthセンサーを中心に活動しています

知識と経験

研修業務

はてなに書くようなことでもないからmixiの日記に書いたんだけど、書いてたら内容がはてなっぽくなってきたので加筆修正。


4月に入って社内外の新人研修が始まったのでなかなか忙しい。
特に遅くまでやってるって訳でもないけど、一日の密度が濃い&慣れてないので結構疲れる。


明日からひと月は講師するから、ずーっとしゃべりっぱになるので、さらに大変そう。
それでもひと月やったら少しは慣れるかな?


研修の主役はあくまで新人だけど、自分の研修でもあるみたい。
やっぱり場数は大事。


力なき正義じゃないけど、経験なき知識と、知識なき経験は意味がないと思ってるし。
逆に言えば、経験に裏打ちされた知識ほど強いものはないと。


経験なき知識ってコトは知識だけ。
教科書通りのことはできても、それ以上のことは出来ない。

言われたことだけしかやらないっていう人はたくさんいる。
もちろん色々な役割があるからそういう人たちも当然必要だし、そういう人たちの活躍の場もある。


でも、IT業界と言うかPG,SEとしてのこの業界は、やっぱり自分で考え行動できる能力が必要だと思う。


また経験がないということは、その知識に対する自分なりの裏づけもないということではないか。
知識だけの人が、その知識を人に自身をもって教えることができるのか?


インターネットが発達した今は上っ面だけ知識はそこらじゅうに転がってる。
大事なのはその知識を裏付ける経験ではないのか。



かといって逆に知識のない経験は、というと。
おそらく色々なパターンを知っているので、応用はできると思う。


ただ知識がない分、やはりその経験を裏付けるものがないと思う。
極端な話、その経験の結果が正しい、正しくないの判断もできないのだから。



「守・破・離」というものがある(実は好きな言葉(?)だったりする)。
1、まず最初は教えを忠実に「守」る
2、その中で自分流にアレンジして教えを「破」る
3、さらにその中から自分の流派をつくり、元の教えから「離」れる


正確というわけではないが、間違ってもいないだろう。


これを知識と経験に置き換えると
1、まずは知識を得て、それを守る
2、そこから経験を積み、自分なりの知識とする
3、さらに経験を積み、自分の流儀に昇華させる
ここで初めて「理解した」、技術として「身についた」と言えるのではないか


これが正しいと言う気はない(次は全く反対のことを言ってるかもしれない)が、一つの考え方として理解していただけると光栄です。